映画『魂のゆくえ』最近観た中で一番解釈が難しかった!

2010年代,●地域別,●年代別,洋画(主にアメリカ)

こんばんは☆lenoreです!

今回はイーサン・ホーク主演の映画『魂のゆくえ』について書こうと思います!

映画の雰囲気自体は穏やかなんですが、内容が少し難しくて…😵

ちょっとずつ、噛み砕きながら、自分なりの解釈を書いていこうと思います。



無宗教の人が多い日本人には、少し想像しにくい話

※私自身は無宗教で、キリスト教の知識としても「大学の授業の一環でほんの少し学んだ・自分で図解のマンガなどを読んだ」位であることを、最初に書いておきたいと思います。また、どんな方もそれぞれの信仰の自由があり、それがとても崇高で素晴らしいことだと感じています。

 

主人公エルンスト・トラー牧師の信仰をざっくり表現すると、「全ては神に決められること」

神の存在が、日々の行いにだけでなく、

死生観(トラー牧師は病気を抱えています)
後悔の念(トラー牧師にとっては息子の死)
環境問題

…など様々なものに関わってきます。

 

また、映画の中に「神は我々を許してくださるか?」という言葉が何回か出てくるところからも、

信仰しているトラ-牧師にとってどれほど神が絶対的な存在なのかということが伝わってきます。

 

このあたりの感覚を、何となくでも想像できないと…ちょっと難しさが増すんじゃないかなと思いました🤔

知識があったとしても、色んな考え方があるものだと思うので、解釈の違いで難しそうです💦



難しい本作を鑑賞後の、lenore的解釈【この段落以後、ネタバレあります】

ラストシーン

マイケルは「こんな地球環境の中に自分の子どもを誕生させるべきではない」と考え、妊娠中の妻メアリーの堕胎まで考えていたほど極端な思想の環境活動家だった。

トラー牧師は、当初マイケルの相談を受ける側(諌める側)だったが、厭世的になったマイケルが自死した後、マイケルが使っていたパソコンの中身を見ているうちに、徐々に自身も環境問題に関心を持つようになっていく。

自身が属する教会と環境破壊が疑われる企業との密接な関係を知ったり、日に日に悪くなっていく自身の病状を自覚したりして、「死」というものを強く感じるようになったトラー牧師。マイケルが使おうとしていた爆弾付きベストを着て教会の式典に出席し自爆テロを起こす準備をし始める。

しかし、式典当日。トラー牧師が「君はどうか式典には来ないで欲しい(助かってほしいから)」と念を押したはずのメアリーが教会にやってきた姿が見え、トラー牧師はテロを断念。

テロはやめたが自らの命は絶つのは決行しようと、半分ヤケのような勢いで、キリストのいばらに見立てた有刺鉄線を上半身に巻きつけ、血だらけになった体で真っ白な衣装を着る(神の御心に委ねるということなのでしょうか…🤔?)

コップに洗剤を注ぎ飲もうとした瞬間、やってきたメアリーの姿に気づいたトラー牧師。メアリーは「エルンスト」とトラー牧師のファーストネームで彼を呼ぶ。

2人は駆け寄り、抱き合い、長い間キスをする。

映画終了

正直、「終わっ…た…のね?ここで😳」という感じになりました💦



極端になりすぎない。生身の人間を大切に。

私は10代~20代の頃に、

「今まで自分が経験してきたことは、すべて決まっていたことなのか?(運命・宿命?)
「この“決まっていたことなのか?”と考える事自体決められていたことなのか?」
「今までが決まっていたことだとしても、これからの行動次第では未来は変わるのか?」

…などと哲学的な自問自答を好んでしていた時期がありました。

(学生時代ってやたら考えちゃいますよね😅笑)。

 

3歳の時両親が離婚したり、20歳になりたての時に母が亡くなったりと色々大変だったので、

人生を振り返る大きなタイミングが早めにあったということなのかも知れません🙄

 

「人生100年生きられるとして、たった20年間にこんなに大変なこと目一杯詰め込む?普通」

「こんなの神様なんて居なくない?」

「B’zの歌の歌詞の“そう信じる者しか救わない せこい神様拝むよりは 僕とずっと一緒にいるほうが”って、稲葉さんほんまそれ😭!」※①『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』

ってよく思っていました。

 

でも今振り返ってみると「いろんな人に支えられ・救われてやってこられた」これに尽きるなぁと思います。

極端に誰かや何かだけを追随せず、なるべくいろんな人と会って

悲しかったら泣くとか、なるべく自分に正直に生きて

「あーもうこんなの天涯孤独だ😭」って思っていた時期からなんとかかんとか抜け出せた…

そんな感じだったのかも。

 

こういった、自分が過去辛かった時期のこと・特にその時に「他の人」のお陰で救われた経験

その辺りの観点でこの映画のラストシーンを考えてみると…

 

トラー牧師とメアリーの抱擁&キスがかなり唐突だった感はあるんですが、

100%恋愛感情の…というよりも、

「誰かに救って欲しい」と思っている=「神」という教義の中の存在だけでなく、今!生身の人間からの温かい助けを必要としている!者同士が通じ会えた

という精神的な繋がりを主として捉えたほうが良いのではないかなと感じました。

 

特にトラー牧師は、自分という生身の人間のこと(体調)もかなり二の次にしてしまってましたしね。

身体的にも精神的にもかなりの激変が起こって大変だっただろうと思います😣

 

あと、映画はキスシーン後にパッと終わりましたが…

その後トラー牧師は教会を・また牧師自体もやめたんじゃないかな…?と私は予想しました🤔



まとめ

内容は明るくはないけど、すごく考えさせられる映画です。

私はやっぱり、どんなにつらい過去があっても、信仰が何であっても、環境が違っても、最終的に本人がどう乗り越えるか、どう行動するかが大事だと改めて感じました。

 

宗教の教えが大切なことも分かるけど、やっぱり生身の人間(特に自分自身)の声に耳を傾けるのも大事ですよね…🤔

 

つまり、またまたB’zの歌詞を借りますと…

“欲しい気持ちが成長しすぎて 愛することを忘れて 万能の君の幻を 僕の中に作ってた” にならないように、”自分で選んで歩いてきたこの迷路”を“願いよかなえいつの日か そうなるように生きてゆけ” しなきゃいけないし、“どうか 苦しまないで”って思ってくれている人は必ずいる
って感じました😂
(順番に、※②『LOVE PHANTOM』 ※③『ねがい』 ※④『Calling』 全てB’z)

 

結局B’zに行き着いた😅💦笑

作品詳細


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原題:『First Reformed』

2017年の映画(アメリカ公開は2018年、日本では2019年)

監督/脚本…ポール・シュレイダー

●エルンスト・トラー(ファースト・リフォームド教会の牧師)…イーサン・ホーク
●メアリー(トラー牧師に夫の相談をした女性。妊娠中)…アマンダ・サイフリッド
●マイケル(メアリーの夫)…フィリップ・エッティンガー
…他。

参考:映画.com  ウィキペディア
うたまっぷ 各ページ ※① ※② ※③ ※④

予告編


↑『魂のゆくえ』予告編 (Fashion Press You Tube より)

 

かなりの長文、読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m



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